2007年07月 アーカイブ

『気付き』『感じる力』

私には師匠とし師事し続けている人がいます。勿論アスレティックトレーナーとしての恩師でもあります。なんで恩師ではなく師匠なのか?おそらくアスレティックトレーナーとしての学識のみを学び受けたのであれば師匠とは呼んでいないと思います。言葉で言い表せない程多くの事を学び、経験させて頂き、何よりも感じさせてもらっています。22歳の時に私が専門学校に入学した時に出会い早いもので7年です。私が20歳の時に夢を持ち、目標をたて、今日に至り頑張る事が出来ているのは師匠のおかげであると日々感謝をしています。
私は師匠から、多くのアドバイスを受けてきましたが、決しての価値観を押し付けられたり、直接的な答えを教授するような事は少なかったように感じます。師匠は良く『気付き』などと言いますが、相手に気付かせるようなきっかけを良く与えてくれたように記憶しています。これは逆に言えば受け手は常に感じ取れる状態で、受け手が圏外では意味がありません、時として師匠の意図する『気付き』に対し『感じる』事ができていない場合は厳しく注意された事もありました。今になって振り返ってみると、感じる事ができず圏外になっている時、多くの場合は視野が狭くなり、見解に余裕がない時だったのではと思います。
そんな関係のなかで身についたのが『常に気を配り』『常に考え』『自分で判断し』『自分で決断し』『責任をもつ』事なのかも知れません
私は師匠に対し、アスレティックトレーナーとしての憧れは勿論ですが、何よりも人間としての魅力を感じます。多くの事を受け入れる広さを持ちつつ、決して他に流されているわけではなく、ぶれる事のない芯の強さを、何よりも物事への見解、視野の広さを感じます。

私の師匠は『すぐには変わらないし、すぐには成長はしない』と言います。当たり前な事ですが、日々の生活においてどうでしょう?また仲間にたいして『気付き』をもたらしているだろうか?また仲間からの『気付き』を感じとっているだろうか?目先の結果を求めたり、見掛け倒しの変化を求めたり、そんな事が多い気がします。もっともっと日々仲間や場に環境に感謝し、見解に余裕を持ち、『気付き』『感じる』という事を行っていきたいと思います。

チーム力

以前お世話になっている監督がこんな事を言っていました。『組織、チームとは船である。船底にどんな小さい穴でも開いていたら船は沈む、大きさは時間の問題でしかない、1人でも気持ちに隙のある奴が存在する組織はいつかダメになる。誤魔化しは通じない、所詮時間の問題だ』と、でも船底の穴に気がつかなかったり、気づかぬふりをしてる時がある様な気がします。
チームの雰囲気が良いときというのは船底に穴はない時か、穴に気づかぬふりなど誰もしていない時かも知れないななんて思っています。これは実は思いのほか精神的なパワーのいる事かも知れません、
私は10代の頃にいつも自身が練習をしているグランドをスタンドの上から見たときの見え方の違いに驚いた事があります。当然練習中の視点は自分中心ですが、俯瞰した際は全体です。当たり前な事なのですが、この2つの視点というのはチーム力を高める上では全員が持たなくてはならない事ではないかと感じています。どちらか1つでもダメだと思っています。自分の視点ばかりでは当然個人プレーになってしまいます。俯瞰ばかりでは無責任なってしまいます。チームとして戦う上でチームという組織に活かされている事を理解し、チームのために何をすべきか、その中で判断し、決断し、責任を持つ、そういう人間の集まりでなければやはり遅かれ早かれ時間の問題の気がします。沈没は・・・
そして何よりもっとも大切なのは、その試合やチームや参加している意義を1人1人がどのように捉えているかではないでしょうか?魅力のない試合を行う、魅力ないチームに価値を見出すでしょうか?様々な条件面での良し悪しは当然あるとは思いますが、やはり魅力的な組織に、魅力を感じ、何物にも変えがたい何かを感じ人材が集結した組織でありたいと思います。